本物を本物たらしめるもの
ローマの銀貨、贋作のフェルメール、シュプリームの訴訟でたどるBlue Inkのはじまり

先に生み出した者が、それが自分のものだと証明しなければならない。そんな奇妙な世界があります。ローマの偽造銀貨からAIがつくる偽物まで、偽造の歴史は、そのまま証明の歴史でもあります。本物と偽物、そしてブランドについてのジャーナル、Blue Inkはここから始まります。
MarqVision編集部がお届けします。
「本のデザインって、だいたいこういうものじゃないですか」
ソウル駅の向かいにあるビルの5階、韓国著作権委員会の紛争調停室で聞いた言葉だ。部屋は法廷のような造りで、申請人と被申請人が向かい合い、その間に調停部が座っていた。私が企画した本と、それをまねたと私が疑った本を、調停委員のひとりが長いあいだ見比べていた。彼の結論は、私の本を特に独創的だと言うのは難しく、もう一方を盗用と呼ぶのも同じくらい難しい、というものだった。そして、双方でよく話し合って合意すればいいと付け加えた。
その言葉は長く心に残った。悔しかったからではない。彼の言うとおりなのかもしれない、と思いはじめていたからだ。
誰かがつくったものを模倣したり、まねたりしたことはあるだろうか。では逆の問いはどうだろう。自分がつくったものを、誰かにまねされたことは? 長く手をかけてきたものほど、それがコピーされたのを見たときの感情は、単なる怒りとは違ってくる。理不尽さに近く、もっと正確に言えば無力感に近い。自分の作品だと言える根拠を探し、証明しなければならないのは、自分のほうなのだ。
まずは、個人的な話を二つしたい。
ほとんど同じ招待状
2018年5月、結婚の準備をしていた妻と私は、招待状を自分たちでつくった。妻はデザイナーで私はエディターだったから、ビジュアルから文章まで、すべて自分たちで手がけた。少部数だけ刷り、親しい友人にだけ渡した。

その招待状を気に入った友人が、ある人を紹介してくれた。その人は妻にデザインを頼もうとしたが、費用を理由にやめた。しばらくして私たちは偶然、その人の招待状が私たちのものとほとんど同じだと知った。レイアウトも画像も、文章の言い回しまで。
妻にとっては大きなショックだった。謝罪と少額の支払いで話は終わったが、何かが片づいたという感覚はなかった。そもそも、取り戻せるものなど何もなかったのだ。「人生でいちばん大切な招待状のひとつのはずなのに、どうして人がつくったものをそのまま使えるんだろう」。その日、妻にそう聞かれたが、私には答えられなかった。
コンセプトのよく似た本
あの調停室の場面が、二つ目の経験だ。
雑誌社で働いていたころ、新しい単行本シリーズを企画した。一冊にひとつの職業を取り上げ、その仕事に就く5、6人へのインタビューと、エッセイを1、2本収めるというコンセプトだった。最初の一冊は増刷するほど売れた。二冊目が出たころ、知人から、判型も表紙も目次のデザインも、さらにはコンセプトまで似た本があると聞かされた。
私たちは委員会に著作権侵害を申し立て、調停が開かれた。テーブル越しに相手の顔を見るのは、愉快なことではなかった。何も悪いことはしていないのに、顔がほてった。
調停は、どちらの非も問わないまま終わった。表紙について、互いに民事・刑事上の措置をとらないことで双方が合意したのだ。相手は私たちの本を見たことはないと言い、それが事実でないと証明する手立ては私にはなかった。本の表紙も帯も本文のレイアウトも、どれも似たようなものになりがちだ、とまで言われた。会社にとっては、時間とお金を使っただけだった。申立手数料まで払っていたのだから。
この二つは、個人的な経験にすぎない。しかし同じようなことは、規模が違うだけで、ビジネスの世界でも毎日起きている。
偽造の長い歴史
その意味を考えるには、過去を振り返るのが役に立つ。偽造、模倣、なりすましは、人類の歴史と同じくらい古い。人は貨幣を偽造し、美術品を偽造し、他人の身分まで奪ってきた。これらのテーマは、今後の記事であらためて取り上げる。ここでは、いくつかの例を手短に見ておこう。
貨幣。共和政ローマの末期には、すでに銅や青銅の芯に薄く銀をかぶせた硬貨が出回っていた。のちに貨幣の専門家たちは、これをフーレ(fourrées)と名づけた。その多くは、安い金属を銀に見せかけるためにつくられた偽造貨だったと考えられている。銀は銅よりはるかに価値が高く、偽造は割に合ったのだ。法務官マルクス・マリウス・グラティディアヌスが通貨の混乱を収める措置を発表すると、彼はローマ市民から絶大な人気を得た。セネカとプリニウスによれば、街の通りや地区のあちこちに彼の像が建てられたという。
美術品。1945年5月、オランダの画家ハン・ファン・メーヘレンが逮捕された。国家的に重要なフェルメール作品を、ナチスの高官ヘルマン・ゲーリングに売り渡した容疑だった。戦時中のドイツへの協力は、死刑もあり得る重罪だった。ファン・メーヘレンは、その「フェルメール」は実は自分が描いた贋作だと自白した。
「愚か者どもめ」と彼は看守たちに怒鳴った。「値のつけようもないフェルメールを、私がゲーリングに売ったと思っているのか。フェルメールなどなかった。私が自分で描いたんだ」
Serena Davies, “The forger who fooled the world,” Telegraph, 2006
誰も信じなかったため、彼は勾留中に監視のもとで、同じ手法で新しい絵を描いてみせた。のちに専門家たちは、20世紀の合成樹脂でつくられた結合材、時代に合わない絵具の痕跡、意図的につけられたひび割れを見つけた。コバルトブルーも、贋作を見破る手がかりのひとつだった。偽造者であると証明したことで、彼は死刑を免れた。その代わり1947年に偽造と詐欺の罪で裁かれ、禁錮1年の判決を受けた。

身分。朝鮮戦争中、カナダ海軍の駆逐艦HMCSカユガには、ジョゼフ・C・シアという軍医が乗り組んでいた。しかし彼は医師ではなく、その名前も彼のものではなかった。正体はフェルディナンド・ウォルド・デマラ。土木技師、保安官補、弁護士、児童福祉の専門家、編集者、教師になりすまし、そのたびに成功してきた生涯の詐欺師だった。
重傷を負った韓国人ゲリラ3人が艦に運び込まれると、彼は医学書と衛生兵の助けを借りて治療にあたった。CFBエスクワイモルト海軍・軍事博物館によれば、彼はある男の胸から銃弾を摘出し、足の切断まで行ったとされ、3人とも命を取りとめた。本物のジョゼフ・シアの母親が彼についての新聞記事を目にしたことで、正体が露見した。
偽造と、その答え
偽造が現れるところには、ほぼ必ず認証が続いた。本物と偽物を見分けようとする努力は、偽造そのものとともに進化してきた。
中世イングランドの銀細工を例にとろう。銀はそのままでは柔らかすぎるため、ほかの金属を混ぜて使う必要があり、その配合をごまかす不正が横行していた。エドワード1世は銀の純度について法的な基準を定め、ロンドンの金細工師ギルドは、その基準を満たした品にだけヒョウの頭の刻印を打った。1327年にはエドワード3世がギルドに勅許状を与え、1363年には、誰がつくったかを示す製作者印が義務づけられた。
こうした刻印は、貴金属を検査して刻印を打っていたロンドンのゴールドスミス・ホール(Goldsmiths’ Hall)にちなんで、ホールマーク(hallmark)と呼ばれる。この言葉はいまでは、人や物、ブランドを特徴づける証しという意味でも使われる。家畜に所有者の印を焼きつけたことに由来する「ブランド」や、商品やサービスの出所を示す「トレードマーク」は、歴史も法的な役割も異なる。それでも三つとも、ひとつの印で、誰がつくったのか、どこから来たのか、何を信頼できるのかを示している。
およそ700年前、銀器に打たれた刻印は単なる装飾ではなかった。純度と出所を保証するものだった。今日のロゴも、その役割の一部を受け継いでいる。見栄えのためのものであると同時に、これが誰の製品で、何を約束するのかを伝える、一種の証明書でもあるのだ。
なぜ、まねるのか
人や企業が偽造し、模倣し、なりすます理由はさまざまだ。
いちばん単純なのはお金だ。まねれば、つくるための時間と費用を省ける。銅に銀をかぶせたローマの偽造者と、グラフィックをひとつだけ少し変えた現代のコピー品は、それほど違わない。
しかし、お金だけでは説明がつかない。美術犯罪研究協会の創設者ノア・チャーニーは、『The Art of Forgery』で興味深い区別をしている。美術品の窃盗犯はたいていお金にしか関心がなく、二度以上盗むことはまれだが、偽造者ははるかに複雑だという。彼は偽造の動機を、天才性、自尊心、復讐、名声、犯罪、機会主義、お金、権力に分類している。なかでも目を引くのは、自分を拒んだ美術界に復讐し、自分の才能を証明しようとし、そのうえで大衆にもそれを認めさせずにはいられない偽造者たちだ。ファン・メーヘレンが贋作を決して安く売らなかった理由も、ここにある。安く売っていたら、誰も本物だとは信じなかっただろう。ドイツの偽造者夫妻、ヴォルフガング・ベルトラッキとヘレーネ・ベルトラッキの物語は、2014年にドキュメンタリー映画にもなった。
では、買う側はどうか。偽物と知りながら買うとき、人が本当に買っているのは記号だ。米国のファッション・カルチャー・ジャーナリスト、デイナ・トーマスは『Deluxe』にこう書いている。
今日、ロゴは人にブランドを刻む。ロゴの入った品を身につけたり持ち歩いたりすることで、人はそのブランドのメッセージと倫理、つまり本質的にはマーケティング部門が描いてみせた夢に共鳴する部族の一員であることを宣言する。ラグジュアリーブランドのロゴは、富と地位と洗練を伝える。たとえそのロゴ入りの品を持っているのが、それをローンで買った郊外の中流家庭の主婦であっても。
「今日では、[ロゴをなくすことは]まったく不可能だと思います」と、ミウッチャ・プラダは私に語った。「ブランドを認識してもらうことが、あまりにも重要なんです。事業を広げたいと思えば思うほど、ロゴを使わなければなりません」
— デイナ・トーマス『Deluxe』2007年
ロゴが夢なら、その夢は複製できる。ハンドバッグはモノを入れ、そこについたロゴは帰属意識を入れる。帰属を必要とする人にとって、それが本物か偽物かは、たいした問題ではないのかもしれない。
不都合な真実
ここで、ひとつの不都合な真実に向き合うことになる。同じものの偽物が次々と現れるということは、少なくとも誰かが、その原本に商業的あるいは象徴的な価値を見いだしているということだ。偽造者はたいてい、売れるもの、人が欲しがるものを狙う。その意味で、コピーはありがたくない賛辞でもある。コピーを見つけたブランドの怒りの底には、ほろ苦い安堵がある。自分たちのつくったものが、市場でそれだけの価値を持っているということだからだ。
しかし、その安堵は長くは続かない。偽物があまりにありふれると、原本も価値を失う。街で見かけるロゴが本物かどうか誰にもわからなくなった時点で、本物を買った人が得ようとしていたものも消えてしまう。これこそが、偽造の与える深い傷だ。ブランドの売上だけでなく、その意味まで損なうのだ。
「原本」もまた、それほど単純ではない。2007年刊行の『Deluxe』で、トーマスはラグジュアリーハンドバッグの製造を「グローバル化の見本」と呼んでいる。金具はイタリアと中国、ファスナーは日本、裏地は韓国、刺繍はイタリア、インド、中国北部でつくられる。ある製造業者は彼女に、自分のシルクを英国製だと言う供給業者がいるが、実際には中国で買い、英国で保管し、欧州価格で売っているのだと語った。本物と偽物の境界がどこにあるのかを問う前に、本物の出所からして、すでにあいまいなのだ。
原本には、どこでつくられたか、何でできているか、どんなロゴがついているかを超えた、コピーには決して奪えない何かが必要だ。このシリーズは、その何かを探っていく。
法は何を守るのか
その線がどこに引かれるのか、裁判所はいまも答えを探している。そしてその答えは、思うほど明快ではない。
2025年2月20日、ドイツ連邦通常裁判所は、関連する3件の訴訟でビルケンシュトックの上告を棄却した。同社は、類似のサンダルを製造・販売する3社を相手取り、自社のデザインは著作権で保護される美術の著作物だと主張して、販売の差止めや製品の廃棄などを求めていた。ビルケンシュトックがサンダルを美術だと主張したのには理由がある。ドイツ法では意匠権は出願から25年で切れるが、美術の著作物は創作者の死後70年まで保護される。一部のモデルは、すでに意匠の保護期間が切れていた。
トーマス・コッホ裁判長の合議体の答えは短かった。サンダルは美術ではなく、デザインの領域に属する。著作権で保護されるには、個性が認められるだけの創作性がデザインに表れていなければならない。原審のケルン上級地方裁判所は、カール・ビルケンシュトックが既存の形を踏襲し、靴職人としての技術の範囲にとどまっていたと判断していた。
ここで私は、あの調停のテーブルを思い出した。当時の相手側の準備書面を引っぱり出してみると、論理はほとんど同じだった。表紙のデザインは本の内容を見せる手段にすぎず、表紙としての実用的な役割から切り離して存在することはできない、というのだ。彼らが引いたのは韓国大法院の判例だった。応用美術が著作権で保護されるのは、産業上の利用のために複製でき、かつ物品の実用的な機能から分離できる場合に限られる、というものだ。
数年前、妻のデザインがまたまねられた。今度は彼女自身のライフスタイルブランドで、他社がその製品デザインの一部をそっくり模倣したのだ。彼女は顧客からの知らせでそれを知り、弁護士に相談した。韓国の意匠法では、相手が彼女の製品を参考にしたかどうかは関係なく、登録された意匠権の範囲を侵害しているかどうかだけが問われるのだという。著作権とは違い、意匠法は意図を問わない。デザインをまねはじめて途中でやめた業者の副資材が残り、別の製品に使われていたこともあった。意図の有無にかかわらず、一度まねられたデザインは次のコピーを生む。同じ問いを前に、ある法は個性を証明せよと言い、別の法は意図を問わず、調停委員はただ合意しろと言う。
裁判所の答えが明快でない理由は、ほかにもある。トーマスは『Deluxe』で、当時の広州で模倣品の取り締まりがなぜこれほど難しかったのかを説明し、中国では西洋式の知的財産法の定着が比較的遅かったという見方を挙げている。中国の商標法は1982年、特許法は1984年、著作権法は1990年に制定された。
それでも、中国には「知的財産の歴史がない」とか「コピーを気にしない文化だ」と結論づけるのは早計だ。知識の複製と個人の権利のバランスのとり方は社会によって異なり、近代的な知的財産法も、どこでも同じ時期に、同じ理由で生まれたわけではない。
ときには、原本を守る側と、それを借りた側が同じであることもある。シュプリームのボックスロゴは1994年に生まれた。赤いボックスに白のフーツラ・イタリック。コンセプチュアル・アーティストのバーバラ・クルーガーが1980年代から使ってきたスタイルによく似ている。創業者のジェームス・ジェビアはデザイナーにクルーガーの作品集を参考として渡したとされ、ジェビア自身もロゴがクルーガーの影響を受けたと語っている。
ところが2013年5月、シュプリームは女性向けストリートウェアブランドのMarried to the Mobを相手取り、1,000万ドルの訴訟を起こした。同ブランドの「Supreme Bitch」Tシャツがシュプリームのロゴを侵害しているという主張だった。そのデザインは訴訟の9年前、2004年に発表されたもので、創業者のリア・マクスウィーニーは、シュプリームとそれを着る男の子たちの女性蔑視的な空気を皮肉ったものだと語っていた。
Complex誌がクルーガーにコメントを求めると、彼女は本文のないメールに、「fools.doc」という名前のWordファイルをひとつだけ添付して返信した。自分の視覚言語を借りた者同士が訴え合う様子を前に、彼女はこう書いた。「私は、彼ら全員が私を著作権侵害で訴えてくるのを待っている」
クルーガーが訴えることはなかった。のちに彼女は、自分はその書体もロゴも所有していないと語っている。その代わり2017年11月、パフォーマ・ビエンナーレの一環として、ローワー・イースト・サイドのスケートパークを自らのスローガンで覆い、ソーホーで《Untitled (The Drop)》というポップアップショップを開いた。人々は列をつくり、Tシャツやビーニー、スケートボードのデッキを買った。そのなかには「DON’T BE A JERK」と書かれた赤いデッキもあった。シュプリームのようなブランドが広めた「ドロップ」という販売形式を、彼女は作品に変えてみせたのだ。


ブランドの新しい課題
何が原本で、それは誰のものなのか。その答えは、時代と場所によって変わってきた。いまブランドは、自分たちが唯一無二であることを、自らの手で、何度でも証明しなければならない。ブランドがつくったという事実だけでは、もう足りない。いつつくったのか、何が違うのか、なぜそれがそのブランドだけのものなのかを説明できなければならない。
その証明が求められる場も広がった。かつては法廷と税関だけだったが、いまでは検索結果、オンラインマーケットプレイス、SNSのフィード、ライブ配信にまで及ぶ。生成AIを使えば、商品ページや広告画像を大量につくれるようになった。一件見つけて削除を申請しても、似たような画像や出品が、別の出品者や別のアカウントから再び現れる。
Blue Inkを始めるにあたって
このシリーズの名前は、Blue Inkだ。
書類に青いインクで署名するのには、実用的な理由がある。白黒コピーが当たり前だった時代、黒インクの署名では原本とコピーの見分けがつきにくかったが、青いインクならひと目でわかった。米陸軍の規定は黒と青のどちらのインクも認めているが、一部の法務支援部門は、原本とコピーを見分けやすくするために青を勧めている。
青そのものが本物を保証するわけではない。それでも青は長いあいだ、コピーとは違うものだと示すための実務的な手段だった。先に見たとおり、ファン・メーヘレンの贋作では、コバルトブルーが偽物を暴く科学的な手がかりのひとつになった。青は、ときに原本とコピーを分ける印になり、ときに偽物が隠しきれない痕跡になる。
Blue Inkは、二つの軸で進めていく。
- Origins(オリジンズ):本物と偽物、そして認証の歴史から、注目すべき物語を取り上げる。
- Makers(メイカーズ):いまこの瞬間も自らのオリジナリティを守るために闘っているブランドを、一回にひとつずつ紹介する。
最初にひとつ、はっきりさせておきたい。私たちはこのシリーズで、何が正しく何が間違っているかを裁くつもりはない。
いまでは、ほとんどあらゆるものが緊密につながり、仕事は専門ごとに分かれている。1960年代、アンディ・ウォーホルはファクトリーで助手たちとシルクスクリーンを制作した。手で描くことも試したが、スクリーンのほうが簡単だったと彼は語っている。自分で作品に触れる必要はなく、助手の誰でも、いや誰であっても、自分と同じくらいうまく刷れるのだ、と。村上隆、ダミアン・ハースト、ジェフ・クーンズも、長年にわたって数十人の助手とともに作品をつくってきた。工房を誇るラグジュアリーブランドも例外ではない。

決まり文句のとおり、天が下に新しきものなし。影響を受けずに何かをつくることは、ほとんど不可能に近い。ビルケンシュトックやシュプリームの例が示すように、オリジナリティを守ることと侵すことの境界は、あいまいなことが多い。あの日の調停委員は、正しかったのかもしれない。
それでも、何かを一度でもきちんと、心を込めてつくったことのある人なら知っている。他人のものを持ってくる近道には、それなりの代償が伴うことを。何が本物を本物たらしめるのか。その問いを、より多くの人が持ち続けてくれることを願って、Blue Inkを始める。
文 ソン・ヒョン
英語版 パク・ジェヨン
参考文献・関連資料
Noah Charney, The Art of Forgery, Phaidon Press, 2015
Dana Thomas, Deluxe: How Luxury Lost Its Luster, Penguin Press, 2007
Serena Davies, “The forger who fooled the world,” Telegraph, 2006
Foster Kamer, “Barbara Kruger Responds to Supreme’s Lawsuit: ‘A Ridiculous Clusterf**k of Totally Uncool Jokers,’” Complex, 2013
Johanna Fateman, “Battlegrounds,” Artforum
Thora Siemsen, “This is the Subtext,” Frieze, 2017
Performa Archive, “Barbara Kruger,” Performa 17 Commission
Victoria and Albert Museum, Explore the Collections, “Transportation Ticket,” CD.41-2018
The Andy Warhol Museum, “Underpainting and Photographic Silkscreen Printing”
Federal Court of Justice of Germany, judgment of February 20, 2025, I ZR 16/24 (Birkenstock)
US Army, AR 25-50, Preparing and Managing Correspondence
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